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今週の親仁ギャグ・2016年7月17日(日)~7月23日(土)

●2016年の「土用の丑の日」は、ずばり7月30日です。日本鰻の稚魚であるシラスウナギの国産数量は減る一方ですが、台湾や中国産が香港経由で密輸的に輸入され、辛うじて需要を賄っている状況であろうか。ところで鰻の旬は産卵で川を下る秋ですね。真夏ではありませんが、養殖はどうなんでしょうか・・・知りません。そこでギャクを一発・・・鯰喰わずのクワズ嫌い・・・冴えませんね。ナマズっかな鰻よりも鯰のほうが旨かった・・・なんて法螺ってる蝦蟇口髭オヤジが出現しそうだな。鯰の蒲焼がウナギ登り・・・もうマジカです。別に「土曜の丑の日」の蒲焼を喰わんでも鰻はいつでも喰えますから・・・夏バテの感じがしたら行き付けの店でゆっくり味わうべしです。7月19日。

養殖鯰の脂の乗り(約15%)が国産養殖鰻(約19%)に接近し、本格的な鯰養殖が全国区になりそうな雰囲気。以下の文章は9年前の2007年7月25日の「親仁ギャグ」の一部ですが・・・どうぞ。「春夏秋冬の季節の変わり目の前の18日間を土用と云う。季節の変わり目とは立夏、立秋、立冬、立春を指す。丑の日とは子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥の12支の「丑」の事。今年の土用の丑の日は7月30日であるが、年によっては土用の期間中丑の日が2回ある。この場合には、最初の丑の日を土用の丑の日というようで、夏負け・夏痩せしないように鰻を食う習わしとなっている。江戸時代、鰻屋のオヤジが夏場の商売が上がったりなので、知恵者であった平賀源内(1728~1779、エレキテルで有名。天才にして多才。日本の江戸期のレオナルド・ダ・ヴィンチとでも言おう)に相談したところ、「丑の日に「う」のつくものを食うと夏負けしない」という当時の民間伝承から、鰻屋の入口に「本日丑の日」と書いて貼るように進言したのがはじまりと云う。ところで、鰻は相当昔から一般庶民に食されていた。奈良時代の歌人で三十六歌仙の一人、大伴旅人の子である大伴家持(やかもち)(717?~785)の歌に「岩麻呂(いわまろ)にわれもの申す。夏痩せによしといふものぞ。鰻漁り食せ(とりめせ)。」(万葉集)とある。当時は今のような蒲焼で食うのではなく、丸太切りで木か竹の棒に挿して焼いて食していたようだ。因みに蒲焼の語源は鰻を縦に串刺しにして丸焼にした形が蒲(がま)の穂ににているからだ。「ガマヤキ」の発音が変化して「カバヤキ」になった。今風の蒲焼の形になったのは江戸後期のことで、それまでは味噌を使った丸焼きだった。関東では武士が切腹を嫌ったからか背開きで、白焼き(5分位)して蒸し(20分位)、さらにタレで3回ほど焼く。関西では腹開きで蒸さずに焼くだけだ。江戸時代は脂の乗った鰻は肉体労働者の食するものであった。蒸すのはその脂を落として減らすためだ。」。つづく。7月19日。

●前職の功罪の存否や如何に・・・。47都道府県の3分の2が官僚もしくは県職員出身・・・この数字は少し多過ぎませんか。「罪」は原発に対する姿勢で明らかです。伊藤祐一郎前知事は、国の意向に従い、川内原発を再開。公約のひとつに「川内原発を停止し点検」を挙げた三反園氏に敗れた。隣県でかつ川内原発まで100キロと少しの距離しかない宮崎市に庁舎を置く河野宮崎県知事の「原発」発言は閉ざされた貝。元官僚が国の方針に反旗を翻すことはまずない。公務員同士の腹の底まで知りぬいているから内部に生温い。自然、多くの既得権益を握る議会との融和も馴れ合い的になる。今回の「舛添問題」の真相は闇のまま・・・行政幹部と議会との関連などがそれだ。なまなかな地方自治と中途半端な知事権限・・・首長は国の出先知事がよいのか、それとも御上にもの言う理想家がいいのやら。最低限、「舛添問題」の真相解明、都行政内部での物事の決定システムのありようの解明はしてもらわないとな。東京は日本の主都で、世界一の予算規模の大都市であります。御上にものを言える首長でなくてどうなりますか。つづく。7月18日。

●熱いのは大気だけじゃない。都知事選の舌戦が熱い。そもそも地方首長(長官)の職歴で相応しいのは何ぞや。政治家か、官僚か、タレントか、作家か、ジャーナリストか、はたまた弁護士やら。先週の鹿児島県知事選では元テレビ朝日コメンテーターの三反園訓氏が、4選を狙う現職の官僚知事・伊藤祐一郎氏を破り初当選。参院選の長野でもTBSキャスターの杉尾秀哉氏が勝利。2例だけだがジャーナリストが脚光を浴びつつあるということか・・・・・・ということは、鳥越俊太郎氏にも”利あり”ということか。そもそも「知事」とは、明治4年(1871)7月の廃藩置県により、「府県ともにその地方長官を知事と呼んだが、県については同年11月から1886年(明治19年)まで県令と称した。1886年(明治19年)以降は再び府知事・県知事の呼称となって現在に至る。」(Wikipedia)。戦前までは勅任官、つまり御上(政府)の任命であったが、戦後は直接選挙で選出される。つづく。7月17日。

●以下は少し古いものですが、小生が調べた2011年8月時点での「官僚知事」の面々です。北海道・高橋はるみ(経産省)、岩手県(前出)、宮城県(前出)、秋田県・佐竹敬久(県職員)、茨城県・橋本昌(自治省)、栃木県・福田富一(県職員)、新潟県・泉田裕彦(通産省)、富山県・石井隆一(自治省)、石川県・谷本正憲(自治省)、福井県・西川一誠(自治省)、山梨県・横内正明(建設省)、長野県・阿部守一(自治省)、岐阜県・古田肇(通産省)、愛知県・大村秀章(農林水産省)、三重県・鈴木英敬(経産省)、京都府・山田啓二(自治省)、兵庫県・井戸敏三(自治省)、奈良県・荒井正吾(運輸省)、和歌山県・仁坂吉伸(通産省)、鳥取県・平井伸治(自治省)、島根県・溝口善兵衛(財務官)、岡山県・石井正弘(建設省)、広島県・湯崎英彦(通産省)、山口県・二井関成(自治省)、徳島県・飯泉嘉門(自治省)、香川県・浜田恵造(大蔵省)、高知県・尾﨑正直(財務省)、福岡県・小川洋(通産省)、佐賀県(前出)、長崎県・中村法道(県職員)、大分県・広瀬勝貞(経産省)、宮崎県・河野俊嗣(自治省)、鹿児島県・伊藤祐一郎(総務省)、沖縄県・仲井眞弘多(通産省)(敬称略)。つづく。7月17日。

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