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今週の親仁ギャグ・2015年8月9日(日)~8月15日(土)

●韓国もいつもの「70年談話」批判。詫びは直接的表現であるべきであり、実際に戦争に関わった日本人の多くが亡くなろうとしている今、戦後生まれの日本人が永遠に(千年罪人=日本人を千年恨む)詫びることのないようにするには、どうすべきか。それは、「ドイツ・フランス共通歴史教科書」(1945年以後のヨーロッパと世界)に類似したものをつくることだ。日中韓の3カ国で完成まで永くかかるようなら、日本の教科書に「村山・小泉談話」を載せるべきだ。千年もいちいち謝罪しなくても「教科書で教育している」で済むのではないか。それこそ今、文部科学省は2022年度以降に実施される高校の新しい学習指導要領について、日本史と世界史の近現代史を合わせた新しい歴史科目などを設けるとした検討素案をまとめたところだ。大いに期待しようではないか。「戦後70年談話に向けての有識者会議」は何を論議していたのか甚だ疑問。8月15日。 

●夏目漱石の「こころ」(「先生と遺書」)の「私」(=先生)と「K」は龍岡町の未亡人の母と娘の家に下宿していた。「私」は養子縁組解消と実家から勘当された不憫な友人「K」を下宿に誘い入れたのだが、「私」も「K」もその下宿のお嬢さんに恋愛感情を抱いてしまった。「K」はそのことを「私」に告げ、私は出し抜きで奥さんに「娘を下さい」と告げ、結婚の了解を得た。「K」は「私」に告げる前には奥さんにもお嬢さんにも告白しておらず、「私」は「K」を裏切ったのだ。「K」は襖を隔てただけの隣の部屋で頸動脈を切って自殺。その後「私」はお嬢さんと結婚生活を送るのだが、「K」への裏切りが原因で自殺。この「遺書」は「先生と私」の「私」(漱石自身かどうかは不明だが)へ送ったもの。女性は親仁と違ってやはりセンチメンタルですね。ふたりの男性に死ぬほどに恋され慕われたという願望があるのでしょうか。実はそういう経験が若い時にあったのか。漱石自身の「鏡子夫人」とは見合い結婚でしたから、漱石の実体験ではなさそうですが・・・分かりません。漱石文学の実は明治の純愛小説だと思い知らされました。男はやはり「安土城」ですかね。:「こころ」は3つの段に分かれている。上が「先生と私」、中の「両親と私」、下の「先生と遺書」。「先生と私」は、学生の「私」が鎌倉の海水浴に行って「先生」と知り合い、東京に帰ってからも「先生」宅に通うようになる。「先生と私」の「先生」が「先生と遺書」の「私」。「先生」の妻が「先生と遺書」での下宿のお嬢さん。終戦記念日の、8月15日。

●各紙が「70年談話」を日本語と英語で全文掲載(一部の新聞社の英語版は部分)。談話のKEY WORDは「歴代内閣の立場を揺るぎなく踏襲」することと「侵略と植民地支配に対しての間接的謝罪」だろう。その他は、村山富一元首相のコメントのように只長々と美辞麗句を並びたて、国際貢献という名のもと自身だけが認識する(持論の)積極的平和主義を陳述しただけ。以下肝心の箇所を抜粋・・・「我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。」。中国は「表明してきた」の村山・小泉談話の過去形の表現が間接的で、安倍首相の直接的でないとさっそく抗議。習近平酒席が首脳会談に臨むか懐疑的だ。安倍首相の就任中の日中韓の接近は望めそうもないな。つづく。(久々の文字化けの失敬)。8月15日。

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