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今週の親仁ギャグ・2014年8月17(日)~8月23日(土)

親仁は3年と3カ月、山口県に住んでいた。後半は2009年7月の豪雨により大惨事に見まわれた防府市。防府では真砂土のことを「まさつち」と言っていた。庭土には「まさつち」と決まっているようだった。水分吸収(水はけ)が良く乾燥すれば固くしまる。「安価なため、主に街路樹用土や庭土、学校の校庭の敷土などとして利用される」という。南九州のシラスがサツマイモ栽培にもってこいのように「真砂土」(まさど)にも良し悪しが同居しているということだ。それが分かっていながら、わざわざに山すそに宅地造成することはなかっただろうに土砂災害の発生時間帯は明け方の暗闇の中。いったいどのくらいの人数が自主避難したのであろうか。「三十六計逃げるに如かず」(孫子の兵法には三十六あるが、戦時命が欲しいなら逃げるに優るものはないという意)、金言だ。津波や土砂災害から自身の命を守るにはこれしかない。日頃から避難の訓練とシュミレーションを怠らない事だ。行政を当てにしては死がまっているだけ。8月22日。

今回の災害は100万都市での話だが、一歩田舎へ足を踏み込んで御覧なさい。全域が災害危険地帯ですぞ。実際にある面白い話を聞かせましょう。谷沿いの民家が「災害危険地域」ということで村中(村の中心地)に家を建て替えて移動した。ところがそこで災害が起こった。移動することで500万円の補助金が国から出るのである。村役場はその補助金を消化するためと村の建設業者を潤わせるために執拗に移動を勧めるのである。笑えそうで笑えない話だ。こんな馬鹿な行政が罷り通っているんですぞ。これを機に全国的な検証をすることだつづく。8月21日。

今回の広島の土砂災害は人災だな。少し前に「山の下腹部」と書いた朝日(売国奴新聞だったと記憶する)の記者がいたそうな。それも東京大学卒だった。山はおおまかに上から「頂(山頂)」と「中腹」、そして「下腹」に区分される。いやいや「下腹部」ではない・・・これは卑猥な言語だ。「下腹部」ではなく、正しくは「山の麓」もしくは「山のすそ」である。報道の映像を見る限りは山のすその、正しく斜面に住宅が密集している。いくら土地がないとはいえ「土砂かぶり」な地形に宅地造成を許可した行政はどうなってんだ。※山の部分名称:上の部分=山頂・頂(いただき)・剣が峰(けんがみね、火山の噴火口の周縁・富士山頂)・山巓(さんてん)。中間部分=山腹(さんぷく)・中腹(ちゅうふく)。下の部分=山麓(さんろく)・麓(ふもと)・山すそ。つづく。8月21日。

近近の日本版「NIH」(アメリカ国立衛生研究所)を公言してそこを目指した「RIKEN」(理化学研究所=「理研」)。理研のNIH構想の中心的人物である笹井芳樹氏の52歳の生涯。彼は京都大学卒の医師で、生前の肩書は理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(CDB)グループディレクター 兼 副センター長であった。「笹井ビル」とも呼ばれる研究棟も建設中であった。彼が小保方晴子氏にかかわりはじめた発端は過去、ネイチャー誌、サイエンス誌、セル誌などの有名科学誌へ投稿しリジェクト(掲載不可)された論文をアクセプト(受理)されるようにコミット(論文指導)することから。このことを依頼したのは同センタ長(直属の上司)の竹市雅俊氏。笹井氏はその「司令」(2012年末)から2カ月で完了貫徹した。が、これには「裏事情」があった。実はネイチャー誌にリジェクトされた前回の投稿と同時にハーバードと理研、そして女子医大はSTAP細胞作製方法に関する米国特許を(仮)出願していた。仮出願から1年以内に本出願しないと特許申請は自然消滅する。そこで切羽詰まった理研は実際の実験にかかわっていなかったが論文作成にも秀でている笹井氏に白羽の矢を立てた。報道のように笹井氏はノーベル賞候補の研究者と同時に(不幸にも)組織マネージメントの能力も並はずれていた。彼中心の特許をはじめとして理研のもつ先端的特許技術で「笹井村」に多くの企業を集めていた・・・集めようとしていた。ところが不運というか、必然というか、最終的にはSTAPはネイチャー誌の電子版から消えた。彼は病院にも入院し、辞表も提出し・・・極近い同僚にも精神状態の赤信号を灯していた。にもかかわらず理研上層部は約半年間も彼の苦しみを見ぬふりで放置した。小保方氏自身の世界的名声の野望や[理研」のiPS細胞への対抗、彼女が理研研究員になった経緯、博士論文作製時の指導教官の曖昧さなど彼女自身の問題も多々あろうが、はたして再生医療基礎研究の世界的権威が自らこの世を去ることを避けられなかったのか。前にも書いたが、民間にはない「ヤクニン」という人種の「無答責」感が厭らしい。「理研」上層部の「自分可愛げ」の「利権」そのものだ泥かノロ(方言かスラグか。不潔物か不要物かカスの意)か知らぬが、野依(ノロではなくのよりと読む)理事長も含めての責任はちゃんととられるのだろうな。8月18日。

●佐世保女子高生猟奇殺害事件。海外のメディアも報じたが、イギリスのデイリー・メール紙は「近年の日本で最も衝撃的な事件の一つ」、「日本で起きた犯罪の中でも最も陰惨なものの一つだ」と大きく伝えた・・・という。親仁が報に接した時、まず頭を過(よ)ぎったのが1981年6月にパリで起きた事件だ。昭和60年11月7日号の「週刊新潮」を紹介しよう。「どうして人の肉を食べてはいけないの? 先生」と、無邪気に女の先生にきいた××君は、まだ小学1年生だった。1981年6月、32歳になった××君は留学先のパリのアパートで、女友達のオランダ人留学生○○さん(25)を、かねてから準備していた消音装置付22口径ライフル銃で背後から射殺。死体から衣服をはぎ取り、まず○○嬢の裸のお尻にかぶりついたのだった。『鼻先が、冷たい白い尻の肌の面でふさがり、息ができなくなりました。歯がずるずるとすべり、顎に力を入れると、ぎりぎりと妙な音はしましたが噛み切れません。さらに強く噛もうとすると、顎から耳の辺りまで激しい痛みが走り、思わず口を開くと、白い肌の上に、くっきりと歯形ができていました』 ××君が自ら執筆した小説『霧の中』の人肉食いの冒頭場面である・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」(気をつけろ「××君」が歩いている・「週刊新潮」が報じたスキャンダル戦後史「週刊新潮」編集部編・pp300-311・新潮文庫) もちろん登場した××君は日本人である。どんな理由があれ(各週刊誌に詳しい)給食に毒物を混入し、猫を殺して解剖し、「人を殺めて解剖してみたい」と言っていた加害者。もし家族や医師、学校をはじめ教育関係者がこの「××君事件」を知っていたら、今回の被害者は死なずにすんだかもしれないのが・・・残念だ。8月17日。

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