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今週の親仁ギャグ・2014年2月16日(日)~2月22日(土)

今、「竜馬がゆく」に夢中。意気軒昂にスタッフに「やっと半分読んだよ」というと、「飽きませんか」との返。「飽きるもんか、そろそろ大小を差して歩きたい気分!」と親仁。そのなかに、「横井小楠というひとは、『国家の目的は民を安んずるにある』という思想のもちぬしで昭和の右翼思想家のような神聖国家主義者ではない。・・・・・」(司馬遼太郎「竜馬がゆく四」p424)。「国家を安んずる」政治家はどれほどいるのであろうか。安倍ちゃんはどうじゃ、森元首相に至っては「不安がらせ」専門じゃないか・・・。呵呵!!! つづく。2月21日。

親仁は、プロであれアマチュアであれ、勝者であれ敗者であれ、スポーツ選手が試合後に能書を並べ垂れることを好まない。ただし、真央を別としてである。彼女のインタビューを見ていると勝ったときも負けた時も涙が出そうな何とも言えぬ(「筆舌につくしがたい」というやつだ)感傷を覚えるから不思議だ。これを人間の魅力というのであろうか。そんななか、在任中は碌に大した業績も残していない元首相の(フリー直前に)「あの娘、大事なときには必ず転ぶんですよね」「負けると分かっている団体戦に浅田さんを出して恥をかかせることはなかったと思うんですよね」 「(団体戦では)見事にひっくり返った」の暴言、そして不埒な戯言。「日の丸」を背負って1億2千700万人の期待を一身一心に受け、底しれぬ孤独と戦うわずか23歳の麗女に何たる放言じゃ、何様のつもりじゃ。ライバルキムヨナの復帰、そして安倍ちゃんの反韓政治。加えて元首相の追い打ちをかけるような「民を愚弄する」莫迦発言いい爺さんが真央をいじめるなつづく。2月21日。

20日、安倍ちゃんの「最終的には閣議決定する方向になると思う」の言。衆議院予算委員会の集中審議の中で、集団的自衛権の行使容認を巡る憲法解釈の見直しについて、憲法解釈を変更する際は、与党との協議も踏まえて閣議決定する意向を示したのだ。何と乱暴な、戦前の軍国主義的内閣の再燃をみるようでおぞましい。さすがにこれには沈黙一辺倒の自民党からも異論が噴出。NHK会長や経営委員2人の暴言戯言問題、賊臣首相補佐官の売国発言・・・任命者である安倍ちゃんは個人的意見見解だとか、直接見聞していないだとして知らぬ存ぜぬの他人事のような敵前逃避の構え。この逃げの定法がいつまでも通用すると思ったら、そこが支持率急降下の転機。国民を愚弄した愚相(将)だ。欺くのもいい加減にせい・・・。自民党議員がこんなに一枚岩の木偶の坊揃いかと悲嘆しているが・・・そうではあるまい。もうそろそろ堪忍袋の緒が切れて一挙、内紛が生じるやもしれぬ。苔むし野党にも期待はゼロ。政党歴史でみても、先の民主党政権もそうであったが、内部からの瓦解を所望したほうが懸命のようだ。小学校の生徒会ではあるまいし閣議決定だけで(極論すれば)憲法を変えることが今日の立憲国家で許されるべきものか。熟慮にも堪えない、これこそ殿の戯言のレベルじゃつづく。2月21日。

アメリカも陸上戦を畏れた結果、8月6日に広島、同9日に長崎に原爆投下したという説がある。事実、一部の将校は天皇をかこって本土決戦を模索した。集団的自衛権の論議のなかで、最近の安倍ちゃんは、「今や一国の国力で自国を防衛することは不可能」と申している。アメリカの「核の傘」のなかにある日本、果たして日本国の核保有は是か非か、もっとも悩むところだ。「アメリカの核の傘下」が、東アジアの平和に(苟も)貢献しているのであろうか。「アメリカの核の傘下に」ある以上、沖縄をはじめ日本各地の在日米軍基地が撤退することはないのであろうか。どの国も他国への攻撃を目的とした核使用は、射ちあげたその瞬間から世界の総非難を浴び、再び国際社会へ復活することはないであろうか、もちろんアメリカやソ連やイギリスや中国であってもその例外ではないのか。「アメリカの核の傘下」にあり、かつ減ることのない米軍基地と、新たに導入され縦横無尽に日本の領空を飛びまわるオスプレイ・・・この状況が20年継続されることはあっても、半世紀以上、仮にも百年後もそうであってはならないであろう。日本が完全な独立国となる期限を明確にした交渉が必要だ。アメリカだって日本をいつまでも属国あつかいしたくはなかろう。これは安倍ちゃんがひとりでやるものでも、できるものでもない。日本人ひとりひとりが考えて乗り越えなければならぬ大業である。ナショナリズムでない愛国心。世界に誇れる、近隣に理解される、愛国心とは何ぞやを・・・今こそ小学生にも理解できるやさしいことばをもって、安倍ちゃんには語って示してもらいたいつづく。2月16日。

●「竜馬がゆく」はさらにつづける。「もっともこの日本観は、幕末だけでなく、すでに、それより三百年前の戦国初期、鹿児島に上陸した最初の宣教師、聖フランシスコ・ザビエルが、おなじ観察をしている。上陸後、すぐ耶蘇会に報告書を送り、『非キリスト教国のうちいまだ日本人にまさる国民を見ない。行儀よく温良である。が、十四歳より双刀を帯び、侮辱、軽蔑に対しては一切容赦せぬ』とかき、また日本征服に野望のあったスペイン王に忠告し、『かれらはどんな強大な艦隊でも辟易せぬ。スペイン人を鏖(みなごろし)にせねばやめないだろう』幕末にきた外国勢力も、おなじ実感をもったわけである。」(同pp136-137)。こちらから仕掛けることなく、それにもまして仕掛けられることのないような国家体制を築くことが肝要ということだろう。つづく。2月16日。

●時は幕末。イギリスをはじめ世界の列強が幕府に開国を執拗に求めた。日本国が外国に占領されたのは1945年9月2日の降伏文書調印から(終戦は8月15日)1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効(条約調印は1951年9月8日)までの約6年半。ではなぜそれまで占領されなかったのか。「サムライハラキリといった言葉がいまなお世界語としてつかわれ、日本人に対する一種の畏敬感、ときに恐怖感をおこさせる印象をもたせたのは、このときからである。・・・当時、同時期に、隣国のシナが、英国の武力を背景とした植民地政策のために、国家の体をなさぬまでに料理され、他方、ロシアも、領土的野心を露骨にみせはじめている。もし攘夷的気概が天下に満ちなかったならば、日本はどうなっているかわからなかったであろう。列強が、日本に対して、シナとはちがう扱いをしはじめたのは、一つには、サムライとの陸戦をおそれた。艦砲射撃ならべつとして、長期の陸戦には勝ち目はないとみた。」(司馬遼太郎「竜馬がゆく三」p136)。幕末、日本が世界の他国のように植民地化されなかったのはやはり武士の勇ましさ「大和魂」を畏れたのに間違いなさそうだ。それからすれば、今の日本が他国に軽侮されないような精神構造を再構築する必要があるということだ。それが即、軍事大国にならねばということでは飛躍しすぎか。ましてや国産の武器を外国に売るのはこれまで貫いてきた平和外交を大きく逸脱するものだつづく。2月16日。

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