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今週の親仁ギャグ・2010年12月26日(日)~2011年1月1日・元旦。

●予想に反せず退屈な元旦だ。清武が生んだ偉大なる江戸末期の儒学者・安井息軒(1799~1876)の曰、「一日の計は朝にあり、一年の計は春にあり、一生の計は少壮の時にあり」。いわゆる「三計の訓」だ。「春」は「元旦」の意。「人間は考えるである」とはブレーズ・パスカル(1623~1662)の言葉だが、暇な元旦、1時間の散歩をしながら、今日からの一年を想った。人間は呑んでいる時には発展的な想像はできないが、歩いている時は思いも徘徊してオモシロイ。「人間はで考える」か人間は、パスカルの言う「」のように、しなやかで柔軟性があり、なおかつ折れない精神が大切だ元旦の戯言だ。2011年元旦。

●今日の宮日の13面に清山氏の写真がある。もちろん、春の県議選だ。宮崎市は立候補者が多く激戦のようだ。公立病院を研修病院として人材的に充実させるのか、どうなのか。現在の診療報酬体系と周りの民間病院の規模からして、例えば宮崎県立病院が赤字を出すようなことがあってはならない行政の英断と適正な助成があって然るべきだ。終り。2011年元旦。

赤字だらけの公立病院に名医は来ない。来たとしても直ぐに去るであろう。赤字だと診療に集中できない。赤字が増える度に病院長や部長級の医師が問責されるような「公務員病院」に興味を示す医師はいないであろう。赤字の原因は明らかだ。医師の報酬に比べ、事務系や看護師の給与が民間の仕事量に比べ高いからだ。ある公立の病院の不潔なこと(特に入院病棟)ときたら驚きだ。埃だらけで、ゴキブリも死んで転がっている。「半官半民」とは少しニュアンスが異なるが、既存のインフラを提供して、経営は民間に移譲する道しか残されていないであろうつづく。2011年元旦。

●若手医師の指導を、全ての先輩医師ができるものでは到底ない。優秀な医師を養成するには技術と経験とそれなりの人間性が要求される。偏差値の高い医学部卒の医師が指導者として向いているとも言えない。特に外科系では、天性の器用さや一瞬の臨機応変な判断力が欠かせない。これらは有る程度経験でカバーできようが、偏差値に勝る処も大きい小林市民病院ではないが、約50億円ものインフラ整備をしても、肝腎の医師が集まらないどころか、ゼロの診療科もある一般的な外科系医師の年収が1,500万円としたら、指導のできるバリバリの医師に1億円出してでも来県してもらうことだ。もちろん医療はチームワークだから、その取り巻きを引き抜くことも必要かもしれない。どうも行政は、立派な建物や医療設備が一流であれば一流の診療ができるのだ、と考えている能天気な節があるつづく。2011年元旦。

県が奨学金をだそうが、県内高校生の入試時の優遇をしても、彼らが優秀な医師になるとも限らないし、場合によっては宮崎を離れるかもしれない。宮崎県内で研修したとしても、その後都会へ就職することもあろうし、数年後には開業することも考えられる。獣医師にも言えることだが、ターゲットは宮崎県出身で県外の大学を卒業した者だ。一度都会の生活を経験した者は宮崎の良さを認識しているから、故郷に骨を埋めようとするのだ。そして、行政は県出身者で都会の大病院で指導者として活躍している医師のスカウトを常に狙わなければならないつづく。2011年元旦。

清山氏の「なぜ宮崎に医師はいないのか」の裏表紙側の帯(紙)に書かれている「宮崎県の地域医療を守るため、行政、メディア、病院、地域住民それぞれの課題と役割を提唱」。①宮崎県の研修医確保数は人口比で全国最低クラス、②研修医に魅力的な県立病院プログラムを、③宮崎県庁と県議会は政策官庁としての役割を果たすべき、④住民、行政、メディア、医療従事者間のオープンな議論を、⑤地域住民はヘルスリテラシーの向上に努めるべき、とある。宮崎大学獣医学科も同様だが、卒業後も宮崎県内に残留するのはほんの数人で、それも宮崎県出身者がほとんど。就職先は県庁などの公務員が多くを占める。そもそも医学部や獣医学科の学生は県外出身者が多く、6年間もこの田舎で生活し、その後も研修医としてそれ以上宮崎に残るのは余程の訳ありであろうつづく。12月31日。

今夜は大晦日。さすがに行き付けの居酒屋も今日と正月3箇日は休みだ。そもそも市場の競がないから、魚が手に入らない。小生のもっとも嫌いな正月だ。楽しみはBSジャパンの「第43回年忘れにっぽんの歌」。中でもマイトガイこと小林明と日本初のミリオンセラー歌手・村田英雄(亡くなって8年とのこと)の歌声。だんだんに名歌手があの世へ行ってしまって、寂しくもありってことか。鶴岡雅義と東京ロマンチカもよかったな。大晦日・12月31日。

●さすがは年の瀬、忙殺、忙殺、そして忙殺。ワクチンや健康診断、検診、血液検査などを年内に済ませようとする人が多い。人間以上に動物の健康に気配っているのには恐れ入る。有難いことだ。小生の当番は、明日の診療と元旦と2日の待機だ。大病がないことを祈ろう。12月30日。

●大学や県立など公立病院の医師数が足りない。設備が整い、医療技術の高い都会の病院へ集中する。雇用条件も良く給料も高いから、地方には振り向かない。だろうか宮崎大学医学部でもスタッフが足りないから、手術の待機期間が長く、放射線治療もなかなか開始されない。県立病院も腕の良い医師が長く留まらない。仕事ができる医師に患者や手術が集中するからであろう。小生も経験したことだが、公務員というもの、能力給ではない。医師については能力給でしかも雇用条件を改善しないと、腰掛であっても、長居することはなかろう反対に、宮崎市内の個人病院の多さにはびっくりだ。一次診療はどちらかと言えば楽だ。自身の能力を超えた病気を見逃さない能力を磨いていれば生活には困らないからだ医師の偏在という難題に、県民や行政が本気で取り組まないと「医療後進県」のレッテルを貼られようつづく。12月29日。

隣の国に大砲を打ちあげても「国連決議」で抗議も制裁もできぬ国際連合。一兵卒に振り回される一国の総理と政権与党。組織ぐるみで「でっち上げ」専門の検察。死ぬ思いで借金を返済し、しこたま税金を納めている国民に対して、それを食い散らしてヌクヌク生活をしている官僚や公務員。土日も休めないから、高速道が千円でも二千円でも関係ない自営業・・・「受益者負担」という言語自体が存在しない社会。・・・・・一体全体、何が正しくて何が間違っているのであろうか、この星は。12月28日。

何の彼の言っても命の重さの違い、国民皆保険かどうか、診療料金が全国統一か否か、分科や専門医の問題、行政の支援が有るか否か・・・人間と動物との違いはこんなもんか清山氏は宮崎市出身で華々しい経歴の持ち主だが、医師になってまだ4年半。来春の県議選をにらんでいるようだが、4年半は短すぎないか。医師も獣医師も職人だ、10年は浸って、できれば自身の診療所でも設け、後進を養成しながら政治を志してもらいたいが・・・。まあ、人のこった?。が、大学や医師会のシステムの改革は、そこに残るよりも、政治的な手段の方が近道であろうことには賛同する1人ではあるが・・・。彼の言う、「上医は国を医し、中医は人を医し、下医は病を医す」という決意から分かる。つづく。12月27日。

●「なぜ宮崎に医師はいないのか」(清山知憲 著、2010年、宮日文化情報センター)に宮崎の医療の問題点が詳しい。写真有つづく。12月27日。

●12月23日の朝日新聞・宮崎面の「残された課題(4)地域医療」。偏在する医師」・・・県医療薬務課によると、2008年の県内の医師数は2602人で、その10年前と比べ259人(11.1%)増えた。しかし、52%は宮崎東諸県医療圏に集中し、小林市を含む西諸医療圏には5.5%(144人)しかいない。10年度は34人の臨床研修医が県内で学んでいるが、全員、宮崎大医学部付属病院など宮崎市内の病院を研修先に選んでいるとある。同様に、動物病院も宮崎市に集中している。交通の便が良くて住みやすいからだろうが、動物と人間の医療の中身はあまりにも違い過ぎるつづく。12月26日。

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