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10月3日(土)-雪駄の挿げ替え-

 昭和34年は西暦でいうと1959年。小生も今月で五十路に突入する。歳が行くと自然に「日本古来」のものに興味が向くから不思議である。
 今週の火曜と水曜は遅れ馳せの「盆休み」で東京に行った。前回求めた「着物」の試着が一つの目的である。裾が2センチ程長いとのことで、あと2週間待ちとなった。愚妻の言うに、着物は履物がないと着れないらしい。そこで記憶をあてに草履屋を探して話を聞いてみた。
 着物には下駄か雪駄で、遊びでは前者、訪問には後者を履くとのことだ。然るに下駄はカジュアルで、雪駄はフォーマルということになる。居酒屋に赴く折はどちらかと問うに、番頭曰、「そりゃー、雪駄を履いて行って下さいよ」。
 小生は元来、靴磨きを1時間見ていても飽きない性分である。足のサイズに合う雪駄と(鼻=花)緒の色を選んだ。この店の番頭(店長兼?)は「挿げ替え」の職人で、早々に作業を始めた。「挿げ替えも一人前になるのに10年はかかる」と言いながら、手を進める。雪駄を手に取ったのも初めてであるから、いわんや「挿げ替え」など見たこともない。技は10分と掛らぬ早業で、思わぬショータイムを楽しめた。
 そこで、雪駄についての講釈を垂れる必要が有ろう。雪駄の発案は、かの千利休(1522-1591)というからこれまた驚きである。雪駄(雪踏)を広辞苑で引くと、「竹皮草履の裏に牛皮を張りつけたもの。千利休の創意という。のち踵(かかと)に裏鉄(うらがね)を付けた。せちだ。席駄(せきだ)。⇒雪駄直し。慣-雪駄の裏に灸。雪駄の土用干し。」とある。
Wikipediaによれば、「雪駄(雪踏)は、履物の一種。竹皮草履の裏面に皮を貼って防水機能を与え、皮底のカカト部分にはプロテクター(後金)がついている。痛みにくく、丈夫である。また、湿気を通しにくい。諸説あるが、千利休が水を打った露地で履くため、あるいは積雪時、下駄では歯の間に雪が詰まるため考案したとも、・・・・・・・主に茶人や風流人が用いるものとされたが、現代では男性が着物を着る場合にはかならずといっていいほど雪駄が用いられる。」とある。
 まずの驚きは、雪駄の本体の畳表が竹皮で作られていることだ。番頭曰、「これは南部表と言って、若竹の皮を使っています。鼻緒と底革を換えれば25年は履けますよ。底革は牛の一番硬い部位を使います。緒は絹や鹿革が有ります。緒は麻を編んだ紐で結んでしっかりと固定します。そう簡単には切れません・・・・・」。
 さらに番頭曰、「表が汚れた時は消しゴムで取れます。雨の日は絶対に履かないで下さい。もし濡れたら、玄関に朝刊を敷き、その上に雪駄を置いて自然に乾燥させて下さい。長らく履く予定がない場合には下駄箱ではなく、なるべく温度差や湿度差の少ない高い所に保管してください。・・・・・」。
 そして最後に、「何でも気軽に相談して下さい。誠心誠意対応します。」との有難い言葉。商売の上手さに感極まった、四半時であった。着物に雪駄の出で立ちでニシタチ。いつもにもましての深酒で、雪駄の裏にお灸をされぬようにせねば。雪駄の土用干しなぞと、後ろ指を指されないようにせねば。○○の挿げ替えられなぞ、とんでもない。着物も待ち遠しいが、新たな悩みのタネになりそうな気配である。

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