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今週のつぶやき親仁・2018年7月月1日(日)~7月7日(土)

●「空海の思想には『貧しいものには物をあたえよ、富める者には法をあたえよ』という、それまでの釈迦仏教ー煩悩から解脱することだけを目的にしたーにはない思想があったが・・・・・・」(司馬遼太郎「空海の風景一」p19・中公文庫)。最近の政治家にせよ役人にしろ、箍が外れ、ひもの切れた凧のように、はたまた足枷のない暴れ馬のように・・・・・・ご自由に私利私欲に奔っているようでござんす。「法」をもってしても御しきれなければ「罪」を厳罰化(おとなりの中国のように)しないとな。「法」が役人や為政者をコントロールできているのか・・・・・・その法自体が為政者や権力者によって歪められないか。われわれの厳しい目を光らせないとな。7月5日。

●「城の崎にて」のなかで、志賀直哉は散歩中、小さな流れの傍の半畳敷程の石にイモリを発見し、イモリを脅かして水に入れようと考え、小石を投げたのであります。ところがその投げた石は図らずもイモリに命中して死なせてしまったのです。志賀直哉が山手線の電車にはねられて重傷を負ったのが、1913年(大正2年)8月15日。東京病院(現・東京慈恵会医科大学付属病院)に入院し、10月、その養生のために城崎温泉に向かったのです。コントロールの悪い者の投げた石が、あろうことか不幸にもイモリを一撃で死に至らしめたのです。自身の電車事故と重なったのでしょうか。神のみぞ知る生物の死。どうしようもコントロールできない人間の死と云うことを表現したのでしょう。私も同じような経験があるので紹介しましょう。中学生の頃、辺りがすっかり薄暗くなった下校の時刻、短い坂を上り切ればもう家という時。坂の手前で自転車を降りた瞬間、すぐ傍で何者かが動いたので、反射的に近くの小石を掴んでそこらをめがけて投げたのであります。そして何も考えずに坂を上り帰宅したのであります。次の朝、どういうわけかそのめがけた動体の正体が気になったので、注意して現場を見ると、なんとマムシが白い腹を仰向けに死んでいたのであります。むろん、マムシは百姓の敵ですから、発見しようものなら退治しなければなりません。周囲の人からもそのように教育されています。しかしその時は陽も疾うに暮れていたのでまさかマムシとは分からなかったのです。志賀直哉は決してイモリを殺そうとは考えていなかったのです。私のほうは相手がマムシだけに自慢話で終れます。7月2日。

●むろん大した金額じゃないし、実際そうでしたが、今回の山陰小旅でのひとつの目的は、休眠口座を解約することでした。病院の開業前に半年ほど米子で生活していたので、その時の銀行口座を始末することです。この休眠口座は、睡眠口座とも休眠預金などとも呼ばれているようです。最近ではその活用をめぐり国が乗り出そうとしています。国によってさまざまなようですが、日本ではまだ議論の最中なのでしょうか。日本の銀行の預金は商法上、5年間権利行使がなかった場合には時効消滅が適応されます(信用金庫での預金は民法上の10年で時効消滅)が、実際は多くの金融機関が預金者に対して時効消滅後でも払戻しに応じているようです。しかし、 ゆうちょ銀行は、「2007年9月30日以前に預け入れて20年2か月を経過している場合には、旧郵便貯金法の規定によって権利消滅し払い戻しできなくなる」と記載されています(Wikipedia)。とまれ、政府の方針を法的に決定するのが肝心でしょう。一番は何に活用されるかが非常に気がかりです。少子化であれ過疎化対策であれ、有意義に使われればあまたの文句は出ないでしょう。銀行口座解約は終活のひとつでもあります。あの世に行っても銀行にこの世にいない人間の名前が残るのも何だか嫌な気持ちがするのです。現在の休眠口座数は約1300万件で、その総計は約850億円だそうな。7月1日。

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