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今週のつぶやき親仁・2018年5月20日(日)~5月26日(土)

●日大アメフトの「殺人タックル」問題。マスコミはじめ、多くの国民が監督・コーチの「嘘」発言を猛烈に攻撃している。この事件で問題となるのが人間の性善説・性悪説だ。皆ひとりひとり、自分の胸に手を当てて、過去なり現在の自分の心に問いかけてみる良い機会である。果たして自分は、今までの人生、こと(事件)の大小はあろうが、どれだけ正直に生きてきたかである。何が問題であり、事件の発端となった原因は何であったか。そして良心に照らして正直に謝罪なり償いを行ってきたか。欠片ほども自己保身に走らなかったか。翻って今の安倍政治。霞ヶ関高級官僚の国民に対する数々の背信行為。これが不思議なことに(大阪地検)も立件できないという不甲斐無さ。いったいだれが悪(事件を起こした)の根源なのか・・・・・・このままで済む訳もなかろうが、時間を費やせば有耶無耶になるであろうと・・・・・・それを待って、内心はほくそ笑んでいる多くの輩。真相解明を潔しとせず、そして遂にはその解決策を見出せない国民性。見出せたとしてももの凄い時間を要する仕組みの国家。こともあろうか、「殺人タックル」「特攻タックル」を指示(指揮)していたことが真実なら、戦前の大日本帝国陸軍の一部の上層部の軍隊精神とちっともかわらないじゃないか。1944年(昭和19)レイテ沖海戦で特攻作戦を指揮した大西滝治郎(1891~1945)中将は、敗戦の翌日(1945年8月16日)にその責任を取って自決している。目に余る自己保身、これは大和魂を大いに傷つける、嘆かわしい限りだ。追補:玉音放送後の特攻出撃で17名の部下を道ずれ(合計11機23名で沖縄沖に向かい大分基地から離陸)にした、宇垣纒(1890年~1945年8月15日)なる海軍中将もいた。5月25日。

●「」の譚。我家の庭に来ていた鶯が今年は訪れません。「春告げ鳥」の別称をもらっている鶯ですから、それも毎年綺麗な声を聴かせてくれていたのですから、気になってしょうがありません。そこで寿命を調べると、鶯は2~5年で命絶えるとのことです。人間が飼育するなど、条件が良ければ8年以上の個体もあるようです。ちなみに鶯はスズメの仲間でスズメ目ウグイス科の小鳥ですが、スズメの20年に比べたら短命であります。以前日本に2億もいたスズメが、最近ではその10分の1の2千500万匹と推測されています。我家の周りにもめっきりスズメの飛来が減っています。いわんや鶯ともなれば心配は尽きません。つづく。5月24日。

●日本古来の自然派随筆家の筆頭は清少納言(966?~1025?)でしょうか。日本の美を文章で鑑賞するのなら、やはり「枕草子」であります。期待に外れず、「」も書かれてありました。

鶯(うぐいす)は、詩(ふみ)などにもめでたきものに作り、声よりはじめて、様かたちも、さばかり貴(あて)に美しきほどよりは、九重(ここのえ)の内に鳴かぬぞ、いとわろき。人の『さなむある』と言ひしを、さしもあらじと思ひしに、十年ばかり侍ひて聞きしに、まことに更に音せざりき。さるは、竹近き紅梅も、いとよく通ひぬべきたよりなりかし。まかでて聞けば、あやしき家の見所もなき梅の木などには、かしかましきまでぞ鳴く。
 夜鳴かぬも、寝(い)ぎたなき心地すれども、今はいかがせむ。夏、秋の末まで、老い声に鳴きて、虫食ひなど、ようもあらぬ者は名をつけかへて言ふぞ、口惜しくくすしき心地する。それもただ雀などのやうに常にある鳥ならば、さもおぼゆまじ。春鳴くゆゑこそはあらめ。(
」原文)。

鶯は、詩などにも素晴らしい鳥として歌われており、鳴き声をはじめとして、姿形はあんなに高貴・上品で美しいのに、宮中の中に来ても鳴いてくれないのは、とても残念で悪い。ある人が『宮中では鳴かない』と言ったのを、私はまさかそんなことはないと思ったけれど、宮中に10年ばかりいて聞いていたが、本当に鶯は鳴くことがなかった。しかし、竹の近くに紅梅があったりして、鶯にとっては通ってきて鳴くのに都合が良い場所のように思われるのだが。宮中を退出して聞くと、貧しい家の何の見所もない梅の木では、うるさいほどに鶯が鳴いている。
 夜に鳴かないのも、眠たいような感じがするが、生まれつきなので今更どうしようもないだろう。夏・秋の終わり頃まで、年寄り臭い声で鳴いていて、虫食いなどと人にいつもと違う名前で言われているのは、とても悔しくて残念な気持ちがする。それもただの雀などのように、いつもその辺にいる鳥であればそうも思われないだろう。鶯が春に鳴く鳥だからである。
」(現代語訳)。つづく。5月24日。

●吉野の山でも高野山でも、そして金毘羅宮でも数匹の鶯の鳴き声を聴いたのでありますが、肝心の病院前の藪の鶯はまだ声を聴かせてくれません。この数年、この時季には毎日、病院の駐車場から100メートルの藪で鳴いていました。病院の前には田圃があり、その向こうが藪で、藪の向こうは山内川の土手であります。午前中の早くから鳴きはじめ、午後にも鳴きやみません。4月の終わりころから少なくとも2か月は縄張りをしているようでした。たまに朝早く、私の庭まで出張サービスをしていました。むろん一度も姿を見たことはありません。口笛で鳴きまねをすると応えてくれます。始めのほうは鳴き方も下手ですが、2週間もすれば、いっぱしの透き通った音色になります。その鶯の鳴き声が、もう5月も終えようとしているのに、今年はまったく聴こえてきません。遠くのこんもりした小さな山からは聞こえるのですが、多分、いつのも鶯ではないのでしょう。つづく。5月23日。

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