コンテンツへスキップ

今週のつぶやき親仁・2020年10月11日(日)~10月17日(土)

●「GoTo マップトラベル

二太郎「主人先生よ、最近、GoToトラベル、GoToトラベルを連発していないかい?」

主人先生「そうなんだよな、来院する飼い主さんの中には、年配の方じゃがな、国内旅行に勤しんでいる人もあるようじゃ。それにな県外からゴルフやサーフィンに来る客も少なくないようじゃ」

二太郎「そうですか? この二三日の東京の新型コロナ感染者数は2百を超えたものの、アメリカやヨーロッパの比じゃなく少ないようでわん。これから寒くなってウイルスが活発にならないうちに出掛けようっていう魂胆の輩が居ても当然かもわん」

主人先生「二太郎のおつむは大した切れようじゃな。吾輩ももうそろそろ江戸へでも出向かわんとな。銀座が寂れているという専らの報告じゃからな。ないことを願うがな、やはりこのままじゃ新型コロナも収まるまい。あと数回は暴れるじゃろうからな、冬到来前のこの1か月が(最後の)チャンスかもな」

二太郎「なんとな、最後のチャンスとはえらい縁起の悪いことではないですかわん? ところで主人先生よ、またまた最近、旅行もしないのに地図帳を開くことが多いんじゃないかわん?」

主人先生「暇犬の二太郎君よ、それにしても人間の行動をよく観察していることじゃ。そうじゃな、地図帳を開いて見入ることはな、存外楽しいものなのじゃ。まるで現地に行っているようでな、映像まで浮かんでくるから不思議じゃ。今な、池波正太郎の『英雄にっぽん』という小説を読み終えたんじゃがな、その中に登場する城や山、そして川の場所を地図帳に書き込んでいるんじゃ」

二太郎「そうでわんすか? さぞかし集中しているようなので邪魔もしたくなるわんが・・・・・・止めときましょう、僕わんのお八つ配給に支障が出るかもしれませんからわん」

主人先生「二太郎君よ、よい心得じゃ。まあ二太郎には分らんかもしれんがな、今記入した地名の一部でも教えてあげるな。犬界でもな、何かの機会に耳にすることがあるやもしれんからな。じゃ言うぞ、東から三木城、神吉城・志方城(加古川市)、高砂城(高砂市)、書写山(姫路市)、甲部川(千種川上流支流・赤穂市)、福原城(佐用城)、上月城、高倉山(赤磐市)、備前高松城(岡山市)、備中松山城(高梁市)、尾高城(米子市)、(月山)富田城(安来市)・・・・・・これらはな、豊臣秀吉が中国地方の毛利氏征伐の前段階の戦で名を遺している城名などじゃ。そもそもこの小説の主人公は尼子氏の家臣である山中鹿之助という武士じゃがな」

二太郎「そうでわんすか。まあ僕わんが知っていたところで何の役にも立ちそうにはありませんが、そのうち、主人先生の『今月の旅』が再開した折には、その土産話に出てくる程度のものでしょう? 」

主人先生「その当時はな、それまで信長の味方であった三木城主、別所長治が毛利攻めに対して秀吉との齟齬がきっかけで決別して敵になったころでな、秀吉も信長の怒りを買わないかと戦々恐々としていたのじゃ。信長にしても大坂の石山寺や越後の上杉謙信が気にかかり、尼子勝久、中山鹿之助らが籠城する上月城に兵力を割けなかったのじゃ。『上月城は見捨てよ!!』との信長の絶対命令じゃったのじゃ。そういうことで秀吉は高倉山の陣を引きはらい、書写山へもどって三木城攻略に専念したのじゃが、それでも別所氏を討ち取るのにそれから2年を要したのじゃ。ところでな山中鹿之助はその後、備中松山城の毛利輝元のもとへ護送中に甲部川の”阿井の渡し”で殺されたのじゃ。山中鹿之助が殺されたのが1578年8月20日、別所長治の自害は1580年2月2日のことでな、これは本能寺の変(1582年6月21日)の2年余り前の事じゃ(すべて西暦)」

二太郎「そのあたりは主人先生が居酒屋で酔っ払って講釈しているとところじゃないかいわん? わかりました分りましたよ、もう結構毛だらけ猫灰だらけでござる。僕わんは水を飲んで寝るわんから、大人しく呑んで下しゃれわん」

主人先生「二太郎君よ、吾輩をそう邪険にしないでくれよな、お互い数少ないお友達じゃろうが。猿の秀吉が播磨から備前、備中を汗だくで飛び回って(奔走して)いるのが目に入らんかのお。いかんいかん酔いが回りすぎたようじゃ。それでは秀吉様、御免仕ります。呵々!!!」

10月17日。

先頭へ