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今週の親仁ギャグ・2012年4月1日(日)~4月7日(土)

●巨人が零封敗の連発でも・・・天変地異が有るとはいえ・・・季節は判を押したように巡る。「花冷え」(はなびえ)は「桜の咲く頃に寒さがもどって冷え込むこと」(広辞苑)。冷酒ではないが、「花冷え」は10℃で、「雪冷え」が5℃15℃は「涼冷え」。確かに最近の気候は花冷え模様だ。長く愛でて貰えるようにとの自然の計らいか。先日、ニシタチの「麻鳥」で一献やっていたら、同じカウンターの客人に教えて貰った于武陵(うぶりょう、杜曲=西安市南郊、810~?)の詩。勧君金屈巵(君に勧む金屈巵)満酌不須辞(満酌辞するを須いず)花発多風雨(花発けば風雨多し)人生足別離(人生別離足る):さあ、この巵(杯)を受けて欲しい。せっかくなみなみと注いだのだ。遠慮は御無用に願いたい。花は咲いたかと思うと、すぐに風雨で散ってしまう。人生も会ったかと思うと、またすぐ別れのときがやってくるのだ。そう、花発(ひら)けば風雨多し。4月7日。

宝永地震は「宝永1707年10月4日、東海地方から四国・九州にかけての地震。地震は東海中・南海沖の二つと考えられる。マグニチュード8.4。東海道・紀伊半島を中心に倒壊6万戸、流失2万戸、死者約2万人。」(広辞苑)。地震の49日後には宝永大噴火が起こった。『日向雑記』の古文書によれば、日向土々呂(現・延岡市)に押し寄せた津波は3m(土々呂市振、波にとられ、家跡海に成、深き一丈。注:一丈=3m)。種崎(現・高知市)では「亡所、一草一木残ナシ」(谷陵記)/初度二度めは強からず、三度目の浪高サ七八丈ばかり」(万変記)・・・・・。真実は如何に? 想定外とされたマグニチュードは9.0の東日本大地震だが、実際には同程度の巨大地震が過去に4回発生していたことが、堆積物調査から分かっている今度のM9.0の地震が5度目である日本列島が今の形状になって約2000万年。このたびの内閣府が示した「南海トラフ」の巨大地震による想定津波の規模は妥当か。地を掘っての調査結果なら納得もするが、机上でパソコンを操る学者連中の言う事は信用しかねる。三陸沖を震源とした巨大地震は、この二千数百年の間に計4回発生している。これも地を掘っての堆積物調査から、最近判明したことだ。想定津波があまりにも巨大過ぎて、「打つ手無しの諦めモード」だ。地震学者の怠慢で東日本大震災の惨禍を防ぎ得なかったのも明らかな事実。途轍もない、日本沈没級の「南海トラフ」連動による超巨大地震をぶちまけての「開き直り」的公表。数千年も起こらなかった規模の地震が今日にでも起こるかも知れぬとの「インチキ有識者」の言い分には到底付いていけない汗を流して「地を掘れ」。つづく。4月6日。

地球が誕生したのが約50億年前で、日本列島が今の形になったのが約2000万年前トラフとは深い溝を意味し、南海トラフとはフィリピン海プレートユーラシアプレートがぶつかって形成された水深4000m級の溝だ。駿河湾の富士川河口付近から九州沖までの長~い溝だ。東海地震東南海地震南海地震などマグニチュード8クラスの巨大地震が100~200年毎に発生している。最近では、1944年に紀伊半島南東沖を震源としたM7.9の東南海地震、1946年の紀伊半島南方沖を震源としたM8.0の南海地震が発生している。そして南海トラフの西端部に位置する日向灘で発生する日向灘地震もM7.6前後の地震を約200年周期で引き起こしており、M7.0~7.2クラスのものは20~27年の短い周期で発生している。1948年の日向灘地震は南海地震と連動したとされ、1707年の宝永地震では東海・東南海・南海の連動型地震に日向灘地震も連動した可能性が指摘されているつづく。4月5日。

●「前田敦子」なるタレントが「総選挙」に出ると言うから、自民党の三原じゅん子みたいなもんで、今が旬の「大阪維新の会」からでも次期衆議院選挙に出馬するんかと思いきや、よくよく聞くとそうではないやないか(これはギャグです)。そして亀田興毅のWBAバンタム級タイトルマッチで4度目の防衛に成功したものの闘志と突進力の欠如した不甲斐無い戦いパンツのコマーシャルの多さは何じゃ。神聖な世界タイトルマッチを愚弄し過ぎじゃ写真有。4月4日。

●「南海トラフ地震」。内閣府が31日発表した「南海トラフ」で最大級の大地震が発生した時の宮崎市の最大震度は7で、最大津波は14.8m。延岡市は15.0m、門川町は13.2m、日向市は14.8m、都農町は12.5m、川南町は11.7m、高鍋町は10.7m、新富町は9.4m、日南市は14.1m、串間市が15.8m。以下は昨年4月10日の小生の「親仁ギャグ」だ。『今回と同様の巨大地震が過去に4回発生していたことが、堆積物調査から分かっている。紀元前390年頃と430年頃、869年の貞観地震、そして1500年頃の4回で、450~800年の周期である。津波の高さもその時の堆積物調査から、石巻・東松島で3km、仙台で3km、名取で4kmなど、遡上の痕跡があるのだ。これは2000年代に入って判明したことだから、専門家が想定外を嘯(うしぶ)くのは端から可笑しい話だ。あんた等、東電からいくらもらっていたんだ、と言いたいもんだ。原子力安全委員会などの族と、東電の上層部や経産省の役人との馴合い接待を調べてもらいたいものだ。ある元委員長の悪びれの無い言、「今回のようなレベルの大震災に対応できるまで安全性を高めるには、莫大な金がかかる・・・」。ふざけた税金喰い逃げ泥棒で、非国民めの野郎どもが。つづく。4月10日』。つづく。4月3日。

星光学院戦に勝ち、甲子園通算50勝の快挙を成した横浜の渡辺元智監督が次の関東一との試合で主審への抗議高校野球では審判への抗議は、プロと違い御法度だ。本塁を踏んでいないとの関東一のアピールで同点が帳消し(写真では踏んでいた)。結局、4対2で負けた横浜。きのうの光星学院vs愛工大名電の8回の光星学院の4番・北條選手の死球は、誰が見ても空振りスクイズ。その直後の大杉選手のランニングホームランで試合が決した。西高vs愛工大名電でも2度か3度の「怪しいジャッジ」。今大会の「審判の目」は余りにも、それこそ「目に余る」ジャッジだ。昔、聞いたか調べた話だが、例えば早稲田大学に野球入学出来るのは、甲子園でベスト4以上、そして成績の平均が5段階評価で3.5以上審判の低質の「寝惚けた目」で選手の将来が運命づけられるのだ。その自覚が足りていない審判団。観る者をも興醒めさせるプロ意識の欠如と勉強不足。何とかしてくれ~。4月2日

甲子園準決勝まで進み、「園(?)も酣(たけなわ)」ってとこだ。都城の小松原中(都城シニア)出身で横浜のエース・柳投手は30日の星光学院(福島)戦で、自らも本塁打を放ち、1失点の完投。しかし、きようの対関東一(東京)は9回途中まで投げるも4失点で8強止まり。乳腺腫瘍の手術を終え、すぐにテレビをつけたが、事既に遅し。全然観れなかった、残念無念。4月1日。

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