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今週の親仁ギャグ・2011年12月4日(日)~12月10日(土)

蜜柑の特徴。蜜柑にはビタミンCシネフリンといった風邪の予防に有効な成分を多く含有。ビタミンAクエン酸食物繊維ヘスペリジン(白い筋に含まれ、動脈硬化やコレステロール血症に効果がある)も含む。強力な発癌抑制効果があるβ-クリプトキサンチン(プロビタミンA化合物の一種)を含む。柑皮症(多食でオレンジ色の色素のカロテノイドが脂肪に沈着する)。味の決め手は糖度と酸度。焼きミカンや冷凍ミカンでも食す。風呂に入れて食す地方もある。全生産量の約2割はジュースや缶詰に加工。皮を砂糖菓子で食す。含有されるペクチンには整腸作用の他に膵リパーゼの働きを阻害する作用が有るため、食物中の脂肪吸収を抑制し、ダイエット食にもなる。シネフリンにはβ3アドレナリン受容体に作働し、脂肪分解と熱産生促進作用がある(青い果実に多い)。青皮や陳皮として漢方薬で重宝され、特に陳皮は七味唐辛子の材料である。精油はアロマセラピーに用いる。皮のつぶつぶの油胞にはリネモンが含まれ、合成樹脂を溶かす溶剤となる。オレンジオイルリネモン洗剤として応用される。搾り汁は炙り出しに用いる。皮は「8本足のタコ」など工作の材料にもなる。蜜柑の話は未完成だが終了とする。12月9日。

今日は開戦の日1941年12月8日午前6時のNHKラジオによる第一回大本営発表は、「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部、十二月八日午前六時発表。帝国陸海軍部は今八日未明西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れリ」。日本時間八日午前零時にハワイのパールハーバーを奇襲攻撃し太平洋戦争に突入した日だ。「ニイタカヤマノボレ 一二〇八」は戦争開始の暗号。戦争突入は11月5日の御前会議で決められ、戦争を避ける暗号は「ツクバヤマハレ」であった。※「ニイタカヤマ」は当時日本の統治下にあった台湾の「玉山」で富士山より高い標高3952mの山。12月8日。

15年ぶりに宮崎大学時代の旧友と当時馴染み過ぎたニシタチで杯を傾けた。われわれは獣医6年制の一期生であるから、6年間机を並べた仲間である。この度、本県を襲った口蹄疫と鳥インフルエンザ惨禍を受けて宮崎大学獣医学科に新設された「産業動物伝染病防疫学研究室」の教授公募によって審査され、12月1日付で採用された。彼は宮崎出身で、実家は今も養鶏業を営んでいる。宮崎大学卒業後は、JICAでシリアに渡り、帰国後は宮崎大学の研究生を経て東京大学獣医学科微生物学教室の博士課程を修了した。その後はアルゼンチンの大学で4年間、そしてアメリカのイリノイ州立大学とワシントン州立大学獣医学部で15年間、主に博士課程の学生を指導した。彼の専門は牛の免疫学で、今回のポストは打って付けである。極めて異質の経歴をもつ大学人の誕生である。農家出身の彼は、少なくとも、30万頭の牛や豚、100万羽の鶏を犠牲とし、合わせて約2千5百億円に及ぶ甚大な被害を被った農家はじめ県人の気持ちを汲んでの帰県に相違あるまい。同級生として何が出来る訳でもないが、陰ながら応援し、時にはニシタチの居酒屋で愚痴を溢し合いたいものだ。12月8日。

●明日で国会が閉会するが、議員定数削減や公務員給与削減など重要課題は先送り。「先送り内閣」だ。どう転ぼうが、どうなろうが、どう耄碌(もうろく)しようが、金輪際、民主党に票を入れることはないな。さらば、泥鰌君。12月8日。

●蜜柑で想い起す人物は「紀伊国屋文左衛門」。「江戸中期の豪商。紀伊の人。幕府御用達の材木商・町人として巨万の財を積み、豪遊して紀文大尽と称されたが、晩年落魄(らくはく)したという。(~1734)」(広辞苑)。紀州の有田で蜜柑が豊作だった年、大荒れの天候が続き、江戸の「ふいご(鞴)祭り」に蜜柑が送れない事態が生じた。文左衛門は嵐の中、危険を冒してでも蜜柑を江戸に船送して、財を成したと言う話だ。商売には商機を逸しないこと、商売は時に一か八かも必要なこと、商売は本業以外のエピソードでそれが人口に膾炙し、宣伝効果を生んで本業に跳ね返るということを訓えてくれる。『沖の暗いのに白帆が見える あれは紀伊国蜜柑船』。人並みのことではダメというこった写真有つづく。12月7日。

●温州蜜柑の「枝変わり」は日南市でも発見されていた。「日南1号」である。興津早生の枝変わりとして1978年野田明夫氏によって発見された。8月下旬から収穫可能な超極早生品種として栽培が拡大しつつある「日南早生」(日南の姫)は「日南1号」のこれまた枝変わりという。つづく。12月7日。

●きょうのふざけた話・その1は「郵便で香川県をうどん県と書いてもOK」??? 宮崎は「まんごう県」、いや~、「みやざき犬」??? その2は小学校6年生の調理実習で先生が自宅菜園(?)から持参したニラが実はスイセンであった。スイセンをニラと思い込んでいたらしいが、こんなセンコウは即クビだ。その3明治の粉ミルクがキロ当たり30.8ベクレルのセシウムを含有。ドイツは5ベクレル以下が基準である。この国の検査体制では何を食わされているか分らん。12月6日。

●「様変わり」はマニフェスト軽視どころか全く無視の民主党政治。「風変り」は今最も求められているもの。「枝変わり」は「芽の生長点で遺伝子の一部が自然に変異し、その部分の枝だけに、樹全体とは異なる実が生ること」をいう。蜜柑の新しい系統の誕生の仕組みである。蜜柑は授粉しなくても結実するので、この「枝変わり」によって新しく生った実を発見することはブランド化に重要なのだ。この「枝変わり」が発生する頻度は4万7千樹に一枝で、それを接木して育てても良い蜜柑が生るとは限らないらしい。接木の台木は多くがカラタチ(一部がユズ)が用いられるらしい。隣のハウスのキュウリの台木は南瓜と聞いたことを思い出した。つづく。12月6日。

気になり過ぎるニュース/やる気が失せるニュースその2:読売新聞グループ会長のナベツネ氏が11月30日、ライバル紙である毎日新聞の単独インタビューに応じ「フクイチ後の原発について」語ったこと。「(安全策に関し)東電が怠けていたことが分かった。それを全部直せば、安全な原発を造れる可能性が出てきた。中国沿岸部に勝手に原発を造られたほうがよっぽど危ない。人類は最後(に頼るべきエネルギー)は核融合だよ。究極は核融合。これから、その研究をしなきゃいかん」。なんとこれこそ危険な思想で、危険な人物だ。セリーグの開幕を延期することを拒んだ訳だ。戦後の原発推進の中心人物であり、「原発の父」と呼ばれた故・正力松太郎氏流薫陶の遺産であろうか。フクイチ後のこの場に及んで、こんな人物がリーディングペーパーのトップとは恐ろしいことだ。もしや、財界の代弁者だとしたら、ことさらに脅威で忌々しきことだ。※正力松太郎(1885~1969)氏は警察官僚でも実業家でも政治家でもあり、1924年読売新聞を買収、1945年A級戦犯容疑で逮捕されたが、1947年不起訴で保釈後公職追放された。1951年に公職追放が解除され、その後衆議院議員に当選し、1956年には第3次鳩山一郎内閣で初代・科学技術庁長官、1957年にも第1次岸改造内閣で第4代・科学技術庁長官を務めた。渡邉恒雄氏は1947年、読売新聞入社。12月4日。

気になり過ぎるニュース/やる気が失せるニュースその1:泥鰌が都内のホテルで行われた「中小企業経営者」の会合に出席し、「当面の政策課題として、①消費税率引き上げ、②TPP交渉参加、③安全保障の三つを挙げ、不退転の覚悟をもって『自分の代で、捨て石になってけりをつける』などと語った」らしい。三つの政策実現が捨て石なのか自分自身の宰相の座がそうなのか、どっちでもいいが、その前にやることがあろうに。ここにきて泥鰌の味も落ちたもんだ。12月4日。

●蜜柑は柑橘の一種。レモンブンタンダイダイスイートオレンジなどの柑橘のルーツはインド東部ユズミカン類キンカンカラタチなどは中国が原生地これらが世界に広がり、交雑により各地で新しい品種が誕生した。では、日本では??? 日本での原生は「」のみであったが、伝来した柑橘との「偶発実生」(ぐうはつみしょう=自然交雑)によって生れたのが蜜柑で、代表例が「夏蜜柑」(ナツダイダイ、山口県で発見)や「八朔」(広島県で発見)、本県の「日向夏」(ニューサマーオレンジ)だ。前2者はブンタンの交雑が推測されるが、日向夏の血統は不明(ユズが関与???)。他には「伊予柑」(山口県)、「三宝柑」(和歌山県)、「河内晩柑」(かわちばんかん、熊本県)、「鳴門」(淡路島)、「絹皮」(きぬかわ、岡山県)がある。良く聞く「甘夏」は「夏蜜柑」の「枝変わり」という。日本の「蜜柑のルーツ」のキーワード、いや「キ―の木」は「」ってことかつづく。12月4日。

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