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今週の親仁ギャグ・2011年9月11日(日)~9月17日(土)

きょうの国会にも泥鰌宰相の棒読みにも幻滅。官僚の作文と公務員内閣。支持母体の言いなり内閣。泥鰌沼が干からびるのも時間の問題だ。9月15日。

文藝春秋・9月特別号の立花隆氏の寄稿文によれば、震災後の発電エネルギーの電源別シェアに変化が見られ、第1位が液化天然ガス(29.4%)、第2位が石炭(24.7%)で原子力と肩を並べるという。氏の主張は、シベリアシリーズで有名な洋画家・香月泰男が抑留時代に火力発電の為に伐採して薪を作る作業を強いられていたことを引合いに、それが余りにも効率の悪い重労働であり、電源としてのバイオマス利用は自然破壊をもたらすというものである。無関係のようだが、台風12号の爪後を見るに、土砂崩れ現場は根張りの悪い杉の植林地が多い。知人に若くして独立し会社を設立した青年山師がいるが、「治山治水」に意欲的だ。今の林業は機械も進歩し、昔に比べたら格段に効率的で、おまけにバイオマスはCO2排泄ゼロ。杉主体の山林や林業の将来像について考えるよい機会でもある。エネルギーの効率性を追求した結末が今回の原発事故。例えば薪ストーブも立派な代替電源。一見非効率にみえる林業も一石二鳥にも三鳥にも成り得るのである。。9月15日。

泥鰌宰相・初の「代表質問」。野田君が壇上で「棒読み」中、横の雛壇に鎮座する大臣の面々。板に付いた頬杖の枝野君。檀下の友達議員に対してか、めくばせをする連舫君。なんぞもすることが無くタバコを燻らす訳でもないから、目のやり場がないような小宮山君。自分がその席に鎮座しているのが正夢かと脛の筋肉でも抓っていそうな山岡君・・・・・、皆、場馴れしてないので、そわそわの学級委員みたいだ。転じたカメラに映るは、御老体の熟睡議員、大欠伸の中堅議員、席を立ち同僚と談笑する若手議員、・・・こりゃだめだ永田町が舞台の日本政治の世紀末を見せられているな。9月14日。

偶然か、どうやら30年以上も前、国体を自分の任期中に開催したくてどうにもならない県知事がいた石原慎太郎・都知事がどうしてもオリンピックを引退の餞にしたいようだ。2016年開催に敗れ、今度は2020年。大震災直後で、かつ東京直下型地震や東海大地震の確率が高まっている中の動き。世界はどう見るやら、広島や福岡などならまだしも・・・・・。9月13日。

●9月10日、青森県弘前市での講演で石原伸晃・自民党幹事長は、9月11日の米同時多発テロに関して「キリスト教支配に対するイスラム圏の反逆、歴史の必然として起こった出来事ではないかと(当時)強く思った」と語る。9.11では3000人弱(2993人、19人のテロリストを含む)の犠牲者が出たが、その中に24人の日本人が居たことを知っているのか、忘れたか。色んな意味で許容範囲を超えた発言だ。親譲りでは済まされまい。9月12日。

今日は大震災から半年。遅々と進まぬ復旧・復興。鉢呂発言に象徴される日本の政治家の資質の低さ。泥鰌宰相も1週間で「鈍くて、愚かで、間抜け」(広辞苑)で泥臭くとろい」内閣に急降下。野田君も被災地には首相に就任して初めて赴いたようだが、やはり国会議員たるもの全員が震災直後に現地に足を運んで当然であった。責務であった。「どんぐり眼の鉢呂」が同行する今回の視察を観るに、泥鰌宰相もただの「メタボなダメオヤジ」に見える。実際、視察中に現地で即断したことは1つもない。彼にしかできない大鉈が振えない「小宰相」に見えるどうも、「泥鰌オヤジ」は今必要なリーダーの有り様を勘違いしている。明治維新、太平洋戦争敗戦以来のこの国難時には、吉田茂(1878-1967)のようなリーダーが必要なのを彼は分っているのだろうか。9月11日。

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