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「マンゴウ知事」か「日本のレーガン」か。

 2回目のパスポート取得のため県庁本館に行ったのが2年半前の2006年4月であった。当時は安藤前知事の「館」であったから観光スポットではなかった。たしか、正面玄関からジグザグに3回ほどコーナーを曲がると目的の部署部屋がある。今はどうか知らないが、4席ぐらいの受付カウンターがあり、その時の客人は小生ひとりで、受付の裏手にも部屋があり相当数の職員がいるものと察せられた。テレビはセワシクついていた。
 用を終えて廊下に出るや、10リットルも入りそうな大きな薬缶(やかん)をぶら提げた用務らしき人がせわしなく働いていた。時はまだ11時半なのに出前の業者がテンヤワンヤとこれまた疾風の如く駆けていた。方や、小さな間仕切りの部署部屋は静寂そのもので業務執行中であった。県庁も人員的には大企業であろうが、昼時のお茶くらいは持参して欲しいものである。店屋物もできるなら業務時間内の館内疾走はご遠慮願いたいものだ。例えば丼もののメニューはいつどのように注文しているのか疑問であった。民間では考えられないことで、安藤前知事が「嘘笛」を吹いているからで、この体たらくの館は当分、事に依ると小生の存命のうちには真っ当にならないと、憤慨して館を後にした。楠並木通を隔ててある小さな駐車場には日本ではここでしか拝見できない「物見やぐら」風の建立物がある。係員がこの上から車を誘導する。これも税金かと悲しくさえ思えた。
 東国原英夫知事の県政がスタートしたのが2007年の1月であるから、今月で1年と10ヶ月目になる。観光スポットとなり、まだ物見やぐらは消えずに活躍していそうだが、館内はどのような改革の風が吹いたのであろうか。知事の奏でる笛で観光客と同じく職員も踊っているであろうか。
 中山成彬衆議院議員の国土交通相辞任(「5日天下」は後世に残る)と次期衆議院選挙不出馬宣言で急浮上した、知事があたかも出馬するかのような発言と報道。先だっての自民党総裁選候補者5人の国民を愚弄するかのような演説。5人の政治家の言うことは、本当に立派だ。議員を20年も30年もしてきて、演説の内容がなぜ実現できていないのか。自分には能力のないことを曝け出しているのに等しい。日本には資源がない。一億総中流社会の再興と今の生活レベルを保つには外貨を稼ぐほかない。トヨタなどの大企業に頼らざるを得ない。優秀な人材を育てる必要がある。そのための教育も当然ながら重要である。スイスやデンマークのように観光で外貨を稼ぐ道もあろうが、日本は地理的に地の果ての極東にある。生活レベルや医療レベルは多少低くてものんびりした晴耕雨読的な生涯を送ることを望む人も少なくない筈だ。今後の「日本像」をもたない、頭の中でさえ描けない「政治屋」が多い。先進工業立国なのか自給自足国か。大企業か中小企業か。官僚国家踏襲か打破か。農業・漁業の法人化と農協・漁協の今後。年金・介護問題。消費税と老後の社会保障。少子化問題。弱者への配慮。安全保障・日米関係のあり様。近隣諸国との関係。外国人移入問題。・・・・・・・。
 東国原知事の「憂国の情」が国政へ向かって行くのも分からないではない。
 知事は宮崎で山積する諸問題をどの程度理解し、自ら掲げたマニフェストをどの程度達成したと考えているのであろうか。まさか100%解決済ではあるまい。後継者は育てたのか。知事と若者との懇談会は今も存続しているのだろうか。東京との往復はマスコミに宮崎を売り込むためなのか。宮崎の「伏魔殿」こと県庁を完全に掌握しコントロールできているのであろうか。江戸時代から永々と続いてきた霞ヶ関の官僚に比べ宮崎の「伏魔殿」は高が赤子であろう。霞ヶ関の「伏魔殿」は赤子の手を捻るようにはいくまい。県民の付託があれば立候補すると言うが、意中の党派はあるのだろうか。中途より自民党よりの発言が目立つが、県民が知事に投票したのは「そのまんま党」であったからではないだろうか。このままの流れで国政に転身すれば、後世には「マンゴー知事」として語り継がれればよい方だ。ここは知事に留まり、近々押し寄せるであろう新しい時流を待って元ハリウッドスター・カリフォルニア州知事で第40代アメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガン(1911-2004、大統領在任1981-1988)のように後世に名を残す政治家になってもらいたい。知事のマラソン人生はまだ折り返し点、焦りは禁物。

(10月5日記)

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