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謹賀新年-「先見の明」は「先見の芽」?「先見の眼」?-

 新年明けましておめでとうございます。昨年中は「たばる動物病院グループ」の御愛顧、誠にありがとうございました。

 2008年は「100年に1度のtsunami(金融危機)」か知らないが、1929年の「世界恐慌」以来の世界経済大恐慌の年となった。それも始まりの初めである。
 日本は1990年代のバブルが弾けた後も、GDP(国内総生産=Gross Domestic Product)は下がる事無く、推移してきた。その間、内需は拡大する事無く、トヨタをはじめとした大手の外需獲得産業に頼ってきた。バブル崩壊後の「失われた15年」、政治や行政は一体何をしてきたのであろうか。例えば汗をかくことなくして、紙切れで金儲けに走ってしまう日本の年金運用。サブプライムで甚大な損失を出した銀行などの金融機関も少なくない。このたびのGDP低下で、数兆円以上の法人税収が減るのは確実で、所得税や県民税などを含めると、いったいどの程度の税収減になるのであろうか、恐ろしい限りだ。30万人を超えるブラジル人の日本国内での労働。「派遣切り」や「非正規労働者」の解雇。一方で、国・地方の「大借金財政」、「限界集落」、「農林漁業の衰退」、「医療・介護・福祉の崩壊」・・・・・政治や行政はこの現状を予見できなかったのだろうか。
 仕事は無いわけではない。自分にできる仕事がない、マッチングの問題という。「きつい・きたない・きけん」は「死語」となってしまったのか、いわゆる「3K」である。身内のことで恐縮だが、親父は「季節労働者」として30代後半から60歳までの20年余り「出稼ぎ」に従事した。山師(琵琶湖保水林など)や隧道(東名高速や上越新幹線など)、電設関係(都電や東京都庁など)・・・さまざまである。盆に正月、田植えと稲刈りの農繁期にしか親父の顔を見ることは無かった。今では酒が入ると面白混じりに当時の苦労話に花を咲かせているが、顔と手を見るとその労苦が滲み、刻み込まれている。
 われわれが小・中学生の頃は、貧乏人が至るところにいた。しかし、皆、苦労を苦労と思わず、「3K」でも何でもやってのけた。小・中学の給食費は数日は遅れることはあったかもしれないが、お袋が工面して、朝起きるとカバンに封筒が入っていた。高校の下宿代や授業料も滞納した記憶はないから、今更だが、親に感謝している。
 小生が最も危惧しているのは、自分の気に入った仕事しかしないのは結構なのだが、「きつい・きたない・きけん」な仕事が”できない”人種になってはいないかである。子供の給食費や授業料は払わないが、ファミレスには行くし、コンビニ弁当にもよくお世話になる。これは善くない。神門の商店街の「○○○○食堂」でお袋と一緒に食った、年に1度か2度の「素うどん」の味が、今も忘れられない。
 「失われた15年」、本来やって置くべきことを、やってこなかった。外需に頼り、余りにも国内の諸問題をないがしろにしてきた。遠い昔、古代エジプトのピラミッド建造(前2700~2500年代)も農閑期の公共事業の一つという。伊達政宗(1567-1636)の治水事業もその類かもしれない。機械化された現代、政治・行政の打つ手、奇策はあるのか。古墳時代(3世紀末~7世紀)の墓陵やその後の寺社建立、築城のようなものでは、国民(民衆)の生活を益々苦しめる施策となる。食料自給率が40%を割り、今後毎年1%ずつ上昇させるという。50年後の日本の人口は8000万人を割るとの予測もある。人口減少に比して、農業と漁業の従事者や作付け面積の減少が上回るようなことでは、亡国の道をたどる。今のままの政策では耕地面積は減る一方で、先人が山を拓いて、石垣を築いた田畑は再起不能になる。まずは現状を維持できるか、維持する意志があるのかである。いわんや、定額給付金などはとんでもない発想である。汗をかかずして、金がはいれば、その後とんでもない仕打ちが待っているに違いない。2兆円もあれば、農業や漁業に興味のある若者や後継者が自立できるまでの教育や技術習得のための支援が可能であろう。実務重視の「農業専門校」や「漁業専門校」などを設立する必要があろう。介護事業に携わる人たちが長期就労できるような環境も整えなくてはなるまい。有能な人材への投資も重要だが、下支えする人たちの教育もそれと同等に大切である。教育の機会均等が損なわれてはならない。要は、従来型の公共事業ではなく、人材育成や医療、教育などソフト面に投資しなくては、日本の将来はない。ソフトがしっかりしていれば、ハードは後から生まれ、そしてついてくる。農業も漁業も国民の生命を守る上で崇高な職業であることを、皆が再認識する必要がある。現代農業は体力や忍耐も必要だが、それ以上に知識と経験、智慧、それに助け合い(協力と協調)の精神が必要なのである。政治屋や悪徳官僚は「百姓なんぞすぐにでも、誰にでもできる」と蔑視していないか、自問自答してもらいたい。そして、数ヶ月でも農家に居候して実務体験してもらいたいものだ。
 2008年大晦日と2009年の正月3が日の計4日間、夜間救急病院の診療を提供できるのも、獣医師をはじめスタッフと学生の献身的協力によるところが大きく、感謝、感謝である。思うに、動物病院も「3K」職場の一角にある。命を預かるのは勿論だが、緊急や時間外の手術と看護(きつい)、糞尿や血液などの処理(汚い)、凶暴な動物との格闘(危険)など・・・・・嫌な顔一つしないのには頭が下がる。

 正月から、いつもにも増して好き勝手に御託を並べたが、「先見の眼」でもって「先見の芽」を育める見識を養いたいものである。料亭やホテルのバーに夜な夜な通いつめるような大臣では、もはや「総離大臣」で、四面楚歌を食らうであろう。「政治屋」や退職後の「高級天下り先」を第一の目標に日々働くような「高給官僚」は1年でも山に籠もって「先見の明」を磨いてもらわないと、日本の将来は任せられない。

 最後になりましたが、本年も「たばる動物病院グループ」の御愛顧の程を宜しくお願い致します。皆様にとっても明るい展望が拓ける年になりますよう、衷心より祈願いたします。

                2009年元旦

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